高齢者の食事にとろみが必要な理由と、安全な介護食のためのとろみ剤の使い方
高齢者の食事、むせや誤嚥(ごえん)の不安はありませんか?
ご家族の食事の様子を見ていて、「以前よりむせやすくなったな」「飲み込みにくそうにしている」と感じることはありませんか。食事がスムーズに進まないと、食べる量も減ってしまい、低栄養のリスクも高まります。特に水分や汁物は、むせ込みやすく、気管に入ってしまう「誤嚥」を引き起こす危険性があります。
このような場合、食事に「とろみ」をつけることが、安全に食事を続けるための有効な手段となります。とろみをつけることで、口の中でまとまりやすくなり、ゆっくりと食道に流れるようになるため、誤嚥のリスクを減らすことができるのです。
この記事では、なぜ高齢者の食事にとろみが必要なのか、そして安全な介護食のための「とろみ剤」の基本的な使い方や失敗しないコツについて解説します。日々の食事準備に少し工夫を加えることで、ご家族が安心して食事を楽しめるようにサポートしていきましょう。
なぜ高齢者の食事にとろみが必要なのでしょうか?
加齢に伴い、食べ物や飲み物を飲み込む機能(嚥下機能)は少しずつ低下することがあります。また、脳血管疾患などの病気の後遺症によって、嚥下機能が著しく低下する場合もあります。
嚥下機能が低下すると、以下のようなことが起こりやすくなります。
- 食べ物や飲み物がうまくまとまらない: 口の中でバラけてしまい、飲み込む準備がしにくい。
- 飲み込むタイミングが遅れる: 食べ物が食道ではなく、誤って気管の方へ入ってしまう(誤嚥)。
- 咳反射が弱くなる: 誤嚥してしまった際に、咳で外に出す力が弱く、肺炎(誤嚥性肺炎)を引き起こすリスクが高まる。
サラサラとした水分や汁物は特にスピードが速いため、嚥下機能が低下した方にとっては非常に危険です。これにとろみをつけることで、液体に適切な粘度が生まれ、口の中でコントロールしやすくなり、ゆっくりと流れるようになります。これにより、気管への誤嚥を防ぎ、安全に水分や栄養を摂取できるようになるのです。安全に食事ができることは、食べる意欲の維持や低栄養の予防にも繋がります。
介護食に使う「とろみ剤」の種類と選び方
介護食用のとろみ剤には、いくつかの種類があります。主なものは以下の通りです。
- デンプン系: ジャガイモやトウモロコシ由来のデンプンを主成分とするもの。比較的安価で、水やだし汁など透明なものにとろみをつけると濁りやすい傾向があります。また、唾液中のアミラーゼという酵素によってとろみが分解されやすい特徴があります。
- グアーガム系: 食物繊維であるグアーガムを主成分とするもの。唾液による分解を受けにくく、透明なものにとろみをつけても比較的クリアに仕上がります。少量でとろみがつきやすく、安定性が高いのが特徴です。
- キサンタンガム系: 発酵によって作られる多糖類であるキサンタンガムを主成分とするもの。グアーガム系と同様に唾液の影響を受けにくく、安定したとろみが得られます。様々な食品に使用でき、溶解性も高いです。
選び方のポイント:
- 飲み物の種類: とろみ剤によっては、お茶には適しているが牛乳には不向きなど、得意な飲み物や食品があります。普段よく使うものに対応しているか確認しましょう。
- 使いやすさ: すぐにとろみがつくか、ダマになりにくいか、冷たいものや温かいもののどちらにも使えるかなども選ぶ際のポイントです。
- 経済性: 毎日使うものですから、コストも考慮に入れる必要があります。
- 味やにおい: 無味無臭のものがほとんどですが、まれに独特の風味があるものもあります。試供品などがあれば試してみるのも良いでしょう。
迷う場合は、介護用品店やドラッグストアの介護食コーナーで相談したり、ケアマネジャーや言語聴覚士、管理栄養士などの専門家におすすめを聞いてみるのも良い方法です。
とろみ剤の基本的な使い方と失敗しないコツ
とろみ剤は製品によって使い方が異なりますが、基本的な手順は以下の通りです。必ず製品パッケージに記載されている使用方法を確認してください。
基本的な使い方
- 必要な量を計量する: とろみ剤の製品パッケージに記載されている目安量を参考に、使用する液体(水、お茶、汁物など)の量に対して適切な量を計量します。初めて使う場合や、とろみの状態に迷う場合は、少量から試してみるのがおすすめです。
- 液体に加える: コップや器に入れた液体に、とろみ剤を加えていきます。
- 素早くかき混ぜる: とろみ剤を加えたら、スプーンやマドラーで素早く、しっかりと混ぜ合わせます。ダマにならないように、粉を振り入れるように少しずつ加えながら混ぜるとさらに効果的です。
- 静置してとろみがつくのを待つ: 製品によって異なりますが、混ぜた後、1~3分程度静置すると、とろみが安定します。焦らず、指定された時間待つことが大切です。
失敗しないためのコツ
- 計量は正確に: 目分量ではなく、計量スプーンなどを使うと、毎回同じ粘度に近づけやすくなります。
- 先に液体を器に入れる: とろみ剤を先に入れると、底に張り付いてダマになりやすいため、必ず液体を先に入れましょう。
- 素早く、しっかり混ぜる: ダマの一番の原因は混ぜ不足です。溶け残りがないように、器の底や縁もしっかり混ぜてください。
- 粉をパラパラと振り入れる: 一箇所にドバっと入れるとダマになりやすいので、表面に均一に広がるように振り入れるのがおすすめです。
- 指定された待ち時間を守る: とろみ剤は溶けてから粘度が増すのに時間がかかります。製品の説明書にある待ち時間を守りましょう。
- 温かいものは少し冷ましてから: 熱すぎるととろみがつきにくい製品や、ダマになりやすい製品があります。少し冷ましてから加える方がうまくいくことが多いです。ただし、製品によっては温度に関係なく使えるものもあります。
- 炭酸飲料や酸味の強いものへの注意: 炭酸飲料やレモン果汁など酸味の強いもの、濃厚な流動食など、とろみがつきにくい、あるいは分離しやすいものがあります。これらの液体に使用できる製品か確認が必要です。
適切なとろみの状態の見極め方
とろみの状態は、介護を受ける方の嚥下機能に合わせて調整する必要があります。一般的には、「薄いとろみ」「中間のとろみ」「濃いとろみ」などの段階があります。
- 薄いとろみ: スプーンから伝って落ちるが、水よりはゆっくり。
- 中間のとろみ: スプーンですくって傾けると、とろとろと流れる。
- 濃いとろみ: スプーンですくって傾けても形を保ち、なかなか落ちない。
医療機関や施設では、嚥下の専門家(言語聴覚士など)が評価を行い、適切なとろみの段階を指示することがあります。ご家庭で調整する場合は、少量から試して、むせ込まないか、スムーズに飲み込めるかなどを慎重に観察してください。不安な場合は、専門家に相談することをおすすめします。
とろみ剤を食事介助に活かすポイント
とろみ剤を使って準備した食事も、介助方法が適切でないと安全に繋がりません。以下の点に注意して食事介助を行いましょう。
- 食事の姿勢: 可能であれば、椅子に座ってテーブルに向かうのが理想的です。ベッド上での食事の場合は、上体を起こし、できるだけ垂直に近い姿勢(可能なら上半身を70~90度程度)に起こしましょう。
- 一口量の調整: スプーンに乗せる量は少量にし、ご本人のペースに合わせて運びましょう。
- 飲み込みの確認: 口の中のものが全て飲み込まれたか、よく確認してから次の一口を運びます。「ごっくんしましたか?」などと優しく声かけするのも良いでしょう。
- 焦らずゆっくり: 食事の時間はゆったりと取り、急かさないようにします。
- 食後の姿勢: 食後すぐに横になると逆流や誤嚥のリスクがあるため、食後30分~1時間程度は上体を起こした姿勢を保つのが望ましいです。
とろみ剤はあくまで安全のための補助です。ご本人の状態をよく観察し、必要に応じて食事の方法や内容を見直すことが大切です。
まとめ
高齢のご家族の食事におけるむせや誤嚥への不安は、介護をされているご家族にとって大きな心配事の一つです。とろみ剤を適切に活用することは、これらのリスクを減らし、安全な食事を提供するために非常に有効な方法です。
この記事でご紹介したように、とろみ剤にはいくつかの種類があり、それぞれ特徴が異なります。製品ごとの使い方をよく確認し、正しい手順で、ダマにならないように素早く混ぜることが、上手にとろみをつけるためのポイントです。また、適切なとろみの状態は、ご本人の嚥下機能に合わせて調整する必要があります。
とろみ剤を活用した安全な食事の提供は、低栄養を防ぎ、ご家族が食べる喜びを感じながら毎日を過ごすための一歩となります。もし、ご家族のむせ込みが頻繁だったり、食事に関する不安が大きかったりする場合は、かかりつけ医や地域の包括支援センター、言語聴覚士、管理栄養士などの専門家に相談してみてください。専門家からのアドバイスや指導を受けることで、より安心して介護食に取り組むことができるでしょう。